子供を育てない親

親が無くても子は育つと言う。

私の家は商売をしていて、店が家とは別の場所にあったから
実は物心ついたときから、両親と一緒にいた思い出なんか
ほとんど無いといっていい。
住み込みのおばさんがいて、彼女が全部、面倒を見てくれた。

中学校のとき、両親が離婚した。

この前も、両親は共稼ぎで、私が家に帰っても誰もいなかった。
こんな暮らしが私の独立心を育てたのだろう。

私にとって家族とは単なる同居者で、
存在としては友人のほうがはるかに大事に思えた。

そんな生活を50年続けて、50代で初めて子供を得た。
そして今、私には経済的に豊かな暮らしをするために
共稼ぎを続けた両親の考えが理解できなくなった。

男女同権だの機会均等だの言うが、
一方は家庭にいるべきだと確信するようになった。
もちろん逆でも良い。
比較優位で妻のほうが収入が多いのなら、家事を夫がすればよい。
どちらか一方が子供の成長に付き添ってやるべきだ。

子供を人に預けて働きに行く。止むを得ない場合もあるだろう。
日本にはそのための母子家庭制度もある。

フィリピンでは女性の社会進出が著しく、失業率も高いから
母親が子供を親類に預けて、働いている場合が多い。
国内で働くならともかく、海外就労となると
子供にほとんど接触できなくなる。

子供の成長に責任を負っていないのだ。

マリンドゥケで養育費を負担してやっている2人の子供が
今、家に来ている。
家内に子供ができたので、義母に手伝ってもらっているから
義母が育てている2人の子供も一緒に来ている。

見ていて感じるのだが、甘やかしすぎだ。叱ることをしない。
怪我をさせず、大きくなれば良いと言うスタンスだ。
これでは子供は育ったことにはならない。

子供のころの躾というのは、重要だと思う。
まだまだ、私も日本人なんだなと改めて思った。

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Secret

ポコチンさん

最近、我が家も侵食されてます。
私の前ではやらないんだけれど、庭掃除をしたり、
保育園の掃除をしたりしてるときに
大声で歌ってるらしい。
次男がそれをやり始めた。

血ではないと思うんだけど、3歳までの育った環境でしょうね。
明らかに性格が違う。(笑)

そうでしょうね

私が学生の頃、母親の家に下宿させてもらおうと思った。
一週間ほどは歓迎ムードでしたが、
「私たちにも生活があるし…」そう言われたときは
傷つきましたね。(笑)
離婚して、再婚しているとはいえ実の母親ですよ。(汗)

今では何も覚えていないだろうけれど
同じ時期に「家のお袋は世界一や」と
自慢されたときはうらやましかったな。

世間体と言うのにはその後、何度も泣かされましたよ。
その傷が癒えるまで20年かかった。

日本にいたら一生引きずったでしょうね。


日本の冷たさ

はじめまして
私は20代の男です
親は小学生の時離婚しました
お金もなく、母親は自分の父親、私から見れば祖父に助けを求めました
祖父の家は2部屋あり祖父はその中のひと部屋を物置のように使っていたので、そこに住まわせてもらおうと思ったのです。しかし、祖父は断ってきました。こんな狭い所じゃ無理だ、と言ってました。
私は狭くてもいいと思っていましたが、祖父が気にしたのは世間体でした。小さい時から祖父のことが大好きでした。祖父はいつも笑顔で、祖父の家は居心地が良かったです。だから、祖父からの拒絶は心底残念でした。


コメント欄をお拝借。

ご近所のフィリピン人の皆さん、鼻歌を歌うなとは言わないから、もう少し小さな声で歌ってくれない?日陰になって涼しい私の部屋の前での談笑をやめてくれない?。深夜帰宅時は、静かにしてくださいね。
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職業 :髪結いの亭主
子供 :4人(全員男の子)
思想 :危険
性格 :プッツン+猪突猛進型
趣味 :喫茶店で歩いている女性のお尻鑑賞
収入 :食べてはいけるけど将来は不安
幸福度:★★★★☆

メアド:hyuga1213@yahoo.co.jp
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