暑いから朝早くプールに行くという。
明日、6時半出発だそうだ。
これって、ちょっとおかしくないかな。
普通、暑いからプールに行くのであって
暑くなる前にプールに行こうって、冗談だろうと言ったら
冗談ではないそうだ。
「明日6時半に起こすわよ」
「ハイ、ハイ!」
日差しが強すぎて、水際にいても熱射病にかかるのかな。
保育園の営業活動の一環なら、協力しなきゃならないだろう。
確かに大きなプールならともかく
小さなプールなら日中は風呂になるくらい暑い。(汗)
午後8時まで寝ていた。このところ昼間の疲れが夕方になって出る。
そこで寝ると、夜中に目が覚めて、寝るのが朝方になる。
朝は8時には起きる。こんな不規則な生活が続いていた。
慢性的な睡眠不足になっていた。
ちょっと風邪気味なところもあって朝から横になっていたが
よく寝た。目が覚めたら夜8時。
家族全員が夕食を負え、団欒のアニマルプラネットを見ていた。
これで夜起きているとまた明日、体がしんどいことになる。
無理をしても早く寝よう。(笑)
しかし、この2・3日の暑さといったらない。
エアコンが今までのレベルでは利かないのだ。
来月の電気代の請求書が怖い。
こんなわけで疲労がたまる。
風邪を引いても昔は症状が出なかった。
症状が出たときは重症で1週間ぐらいは休むことになる。
でも年に1回がいいところだった。
今は違う。風邪の引き始めに症状が出る。
体は重くなり、腹が渋り、頭が重くなる。
そのうち、鼻がぐずり始めるのだが、ひどくは無い。
その代わり年中、その症状が出る。(苦笑)
年はとりたくないものだ。
最もゆっくり寝れば症状は収まるから
年をとったら無理をするなということなのだろう。
いつも書いていることだが、我が家は広い。
自分用に広い家を借りているのではなく、
保育園用に広い家が必要なのだが、今は夏休み。
夏休みを利用してたくさんの子供が集まってくる。
見ていたらかくれんぼをしていた。
モンキーバーやブランコ、滑り台は順番待ち。
3歳の子供が水道管をよじ登ってポンプ室の屋根に登っている。
ウサギが子供たちの後を追って、走り回るし、
拾ってきた2匹の犬は、まだ目も開かないでクンクン鳴いている。
女の子が哺乳瓶でミルクを飲ませていて
これはこれでよい勉強になる。(苦笑)
サマークラスに来ている園児よりも親戚、友人のこの方が多い。
もちろんこの子達はサマークラスの授業の間は施設を利用できないが
終わったとたん、ワーッという感じで繰り出してくる。
遊ぶということのエネルギーは凄いものだ。
今はとにかく暑い。暑いのは子供たちも同じだろう。
汗、びっしょりで遊ぶ姿はエネルギッシュで頼もしい。
走り回って、大声で叫ぶ。何年も忘れていた行為だ。
子供たちには表情がある。感動できる感性がある。
こういうのを見ていると、人間っていいなぁと思う。
こういう子供たちの世界を、何で大人は守ってやれないんだろう。
4日ほど前、フィリピンが外国人に対する生態腎移植完全停止するらしい
そんな情報が寄せられた。そんなことはあるまいと思っていた。
一昨日、毎日新聞がそれを一部スクープした。
今朝のマニラ新聞でそれが一面に出た。
フィリピンインサイドニュースでもトップ記事になった。
デュケ保健相の声明の中にアロヨ大統領の任期中は…
というコメントがついているのがおかしい。
これで優秀な移植医はこぞってアメリカへ流出するだろう。
フィリピン人がフィリピンで移植を受けられなくなる可能性もある。
私の個人的な見解としては続けるべきだと思う。
フィリピンの医療の発展のためにも、
世界中で悩んでいる透析患者のためにも、
当面はこの方法しかない。
これからはインドやパキスタンに流れていくのだろう。(苦笑)
フィリピンの政治を見ていると右から左、左から右とよく振れる。
人の批判を受けると決まっていたことがころりと変わる。
利権が絡むとまた変わる。
この辺は日本の官僚とは大きく違うところだ。
振れながらバランスをとっていく。
本来、政治とはそういうものだ。
硬直化した政治というのは澱みを作る。
私自身が腎臓病にはまだ縁が無いのだから
しばらくは高みの見物だ。(笑)
私の人生はとうに半ばを過ぎて、このまま終わるかなと思っていた。
それはそれで、私の人生なのだし、納得していたつもりだ。
両親から遺産もびた一文引き継がなかったし、
子供たちに残してやるような財産も無い。残すつもりも無い。
ただ、子供たちには十分な教育と生き方だけは残してやりたい。
努力をしたところで成功するとは限らない。
でも、努力すればそんなに苦労しなくても食べていかれる、
そして、その生き様をその彼らの子供たちに引き継がせる
そんな下地だけは残してやりたい。
いつ終わっても良いと考えていた私の人生に新しい目標ができた。
必ず良い子を作ってやる。そう思うと、老け込んでいられない。
それにしてもよく子供ができたものだ。(苦笑)
50になるまで種無しと信じていたのに、
50を過ぎてから3人も生まれた。家内の子供を引き取って
養子を3人も取って計7人。
私のこれからの余生はこの子達の肥やしになるためだけに
用意されたようなものだ。
この子達が大人になって、それぞれが助け合って
幸せになって欲しい。
私の世代に特に何も望まないが、子供たちの世代で勝負だ。
そう思うと実に楽しい。
強がりでも何でもなく、本音でそう思っている。
この年になって夢を持てたのは幸せなことだ。
(反抗期になって、夢は無残に打ち砕かれるかの知れないが…)