残り飯
何回か書いていることだが私の家では11月半ばから
毎週、誕生日が続く。
誕生日になると招待者のためのご馳走を作る。
足りなくては失礼に当たるからたくさん作る。
招待されるほうも毎週じゃ疲れるから、2・3回は間引いてくる。
当然、余る。必然的に次の日、その次の日と
食卓には同じメニューがこれでもかと並ぶことになる。
誕生日のご馳走といえばスパゲティ、春巻き、トーストチキン、
魚の炭焼き、バーベキュー、ケーキにアイスクリーム
あとはパンシットか…、観るたびにげんなりする。
これから保育園のクリスマス、我が家のクリスマス
それに末子の誕生日とまだ3回も続く。
その矢先、友人の奥さんなら忘年会のお誘いがあった。
KOKINさんが日本からサンタの縫い包みを持ってくるらしい。
末子の誕生日の前日だ。
三四郎氏のオフミもある。これはもう遠慮するしかない。
胃がもたれて堪らない。
メイドさんや先生のボーナス支払いもあるし、
稼がなきゃならない月に、支払いばかりが多くて
稼ぐ時間が足りない。
トラブル処理なんか、依頼人も気忙しいから来年に年持ち越し。
正に呪われた年末が毎年続く。
借金の言い訳でどんどん時間が過ぎてしまう。
こっちでも胃が痛い。(笑)
誰がクリスマスなんて作ったんだぁ!
だからカトリックは嫌いだ。(笑)
毎週、誕生日が続く。
誕生日になると招待者のためのご馳走を作る。
足りなくては失礼に当たるからたくさん作る。
招待されるほうも毎週じゃ疲れるから、2・3回は間引いてくる。
当然、余る。必然的に次の日、その次の日と
食卓には同じメニューがこれでもかと並ぶことになる。
誕生日のご馳走といえばスパゲティ、春巻き、トーストチキン、
魚の炭焼き、バーベキュー、ケーキにアイスクリーム
あとはパンシットか…、観るたびにげんなりする。
これから保育園のクリスマス、我が家のクリスマス
それに末子の誕生日とまだ3回も続く。
その矢先、友人の奥さんなら忘年会のお誘いがあった。
KOKINさんが日本からサンタの縫い包みを持ってくるらしい。
末子の誕生日の前日だ。
三四郎氏のオフミもある。これはもう遠慮するしかない。
胃がもたれて堪らない。
メイドさんや先生のボーナス支払いもあるし、
稼がなきゃならない月に、支払いばかりが多くて
稼ぐ時間が足りない。
トラブル処理なんか、依頼人も気忙しいから来年に年持ち越し。
正に呪われた年末が毎年続く。
借金の言い訳でどんどん時間が過ぎてしまう。
こっちでも胃が痛い。(笑)
誰がクリスマスなんて作ったんだぁ!
だからカトリックは嫌いだ。(笑)
情・法・金
いろいろな人がフィリピンをいろいろな角度から見つめている。
それはそれぞれが正しいし、また間違っている。
本当にフィリピンを理解するにはどうするか
私は情・法・金がフィリピンの3つのキーワードだと考える。
情・金・法の順序の置き換えたほうがわかり易いかな…
日本の場合、最優先されるのは法か、金かは知らないが
情の部分が下位に来るのは間違いない。
その他に信頼なんていうのもあるなぁ。
ただ、良く考えてみると上の3つで
人間が本来持っているのは情だけだということに気がつく。
法とは人間関係を円滑に行うためのルールだし、
金はそのための道具でしかない。
個々の人間には生存するために争う権利があり、
それを野放図にしないためのルールが法だ。
確かに大切なものではあるが法が人間を制限するのは
最低限でなければならない。
そう考えると今の日本は明らかにおかしい。
日本人が今、最重点におくのは多分、金だろう。
金・法、大きく離れて情。これでは住み易いはずがない。
フィリピンでは情・金、そして大きく離れて法と続く。
金が両国とも過重視されているのは問題だが
少なくとも法が重視されていないだけ、
フィリピンのほうが住み易い。
トリリアネスが復権したり、ホナサンが復権したり
あるいは犯罪者が政治家になったり、
フィリピンは面白い。
どこかの国の政治家のように
芸者を妾にしただけで職を追われたりはしない。(笑)
守屋次官の次女の留学費用の問題が取りざたされている。
守屋次官の汚職は追及されるべきだが
これでは家族連座制だ。
彼女がどんな思いでいるのか、日本は残酷な社会だ。
それはそれぞれが正しいし、また間違っている。
本当にフィリピンを理解するにはどうするか
私は情・法・金がフィリピンの3つのキーワードだと考える。
情・金・法の順序の置き換えたほうがわかり易いかな…
日本の場合、最優先されるのは法か、金かは知らないが
情の部分が下位に来るのは間違いない。
その他に信頼なんていうのもあるなぁ。
ただ、良く考えてみると上の3つで
人間が本来持っているのは情だけだということに気がつく。
法とは人間関係を円滑に行うためのルールだし、
金はそのための道具でしかない。
個々の人間には生存するために争う権利があり、
それを野放図にしないためのルールが法だ。
確かに大切なものではあるが法が人間を制限するのは
最低限でなければならない。
そう考えると今の日本は明らかにおかしい。
日本人が今、最重点におくのは多分、金だろう。
金・法、大きく離れて情。これでは住み易いはずがない。
フィリピンでは情・金、そして大きく離れて法と続く。
金が両国とも過重視されているのは問題だが
少なくとも法が重視されていないだけ、
フィリピンのほうが住み易い。
トリリアネスが復権したり、ホナサンが復権したり
あるいは犯罪者が政治家になったり、
フィリピンは面白い。
どこかの国の政治家のように
芸者を妾にしただけで職を追われたりはしない。(笑)
守屋次官の次女の留学費用の問題が取りざたされている。
守屋次官の汚職は追及されるべきだが
これでは家族連座制だ。
彼女がどんな思いでいるのか、日本は残酷な社会だ。
夜10時半
長男の母親から電話があった。長男はもう眠っている。
「寝てるよ。もう…」
「今日の誕生日、飛鳥は楽しんでた?」
「うん」
「奥さん、妊娠してるんだってね」
こんなことを伝える人間は一人しかいない。
「あぁ」
「子供4人って大変ね」
「大丈夫だよ。なんとかなるさ」
「私、子供の世話をしてるのよ」
「アメリカは大変だろうけど…」
「頑張ってみるわ。明日電話する」
たったこれだけの電話だが、
母親の子供に対する愛情は伝わってきた。
飛鳥は将来この母親と暮らすことになるのだろう。
私と家内の息子としての意識の下で自分を生んだ母親と暮らす。
それは長男にとって抵抗はないだろう。
そういう運命の下に生まれたことはわかっているし
私たちもそのことが当然だと思っている。
彼女には長男以外の子がないのだし、
私たちには3人もの子がいる。
彼女がいつ、長男を引き通りに来るのかは知らない。
あるいは一生引き取れない可能性もある。
そのときには長男が彼女を引き取ってやるように教えた。
長男が一人立ちし、経済力がついたら一緒に暮らすがいい。
そうなったところで彼が私たちの子供であることに変わりはない。
「彼女から…?」「ウン」
気になるのだろう、家内も起きてきた。
親子ってなんだろう。
私が父と離婚した母を焦がれたことはあった。
でも、現実には生身の母を見て嫌悪した。
妹は同じ女性としてもっと嫌だったようだ。
私は義理の母の下でわずかな期間を過ごし、家を出た。
その後、家族関係の希薄な人生を送ってきた。
家族なんか必要ない、子供が大嫌いだった。
死の私が長男の誕生で変わってしまった。(苦笑)
誰もが言う。私が長男を失ったら、駄目になるだろう。
今、自信を持って言える。私がそれで壊れることはない。
どこにいようと長男は私たちの子だという自信が出来た。
長男にとっても、その意識が変わる事はもうないだろう。
私たち以上に長男を愛せる人はいない。
そのことは長男が誰よりもよく知ってしまったからだ。
親子関係の希薄な子だったからこそ、
そうでない家庭を作ろうとした。妹もそんな家庭を作り上げた。
少し眠って目が覚めてしまった。
ついつい、雑文を書いてしまったようだ…(汗)
「寝てるよ。もう…」
「今日の誕生日、飛鳥は楽しんでた?」
「うん」
「奥さん、妊娠してるんだってね」
こんなことを伝える人間は一人しかいない。
「あぁ」
「子供4人って大変ね」
「大丈夫だよ。なんとかなるさ」
「私、子供の世話をしてるのよ」
「アメリカは大変だろうけど…」
「頑張ってみるわ。明日電話する」
たったこれだけの電話だが、
母親の子供に対する愛情は伝わってきた。
飛鳥は将来この母親と暮らすことになるのだろう。
私と家内の息子としての意識の下で自分を生んだ母親と暮らす。
それは長男にとって抵抗はないだろう。
そういう運命の下に生まれたことはわかっているし
私たちもそのことが当然だと思っている。
彼女には長男以外の子がないのだし、
私たちには3人もの子がいる。
彼女がいつ、長男を引き通りに来るのかは知らない。
あるいは一生引き取れない可能性もある。
そのときには長男が彼女を引き取ってやるように教えた。
長男が一人立ちし、経済力がついたら一緒に暮らすがいい。
そうなったところで彼が私たちの子供であることに変わりはない。
「彼女から…?」「ウン」
気になるのだろう、家内も起きてきた。
親子ってなんだろう。
私が父と離婚した母を焦がれたことはあった。
でも、現実には生身の母を見て嫌悪した。
妹は同じ女性としてもっと嫌だったようだ。
私は義理の母の下でわずかな期間を過ごし、家を出た。
その後、家族関係の希薄な人生を送ってきた。
家族なんか必要ない、子供が大嫌いだった。
死の私が長男の誕生で変わってしまった。(苦笑)
誰もが言う。私が長男を失ったら、駄目になるだろう。
今、自信を持って言える。私がそれで壊れることはない。
どこにいようと長男は私たちの子だという自信が出来た。
長男にとっても、その意識が変わる事はもうないだろう。
私たち以上に長男を愛せる人はいない。
そのことは長男が誰よりもよく知ってしまったからだ。
親子関係の希薄な子だったからこそ、
そうでない家庭を作ろうとした。妹もそんな家庭を作り上げた。
少し眠って目が覚めてしまった。
ついつい、雑文を書いてしまったようだ…(汗)

