医のモラル
以前にフィリピンで腎臓移植手術を受けた患者が
保険適用を受けられなくなったという記事を書いた。
今日、その仕組みを詳しく聞いた。成る程と納得した。
まず厚生省は保険適用から外すという指示は出していないし
法律上、それは不可能なのだそうだ。
では何故、保険適用をしないという例が続出したのか
病院は病院の倫理委員会みたいなものを持っており、
ここで保険を適用するかどうか決めているらしい。
保険の適用の可否は病院の倫理委員会など経営方針決定機関が
保険申請するか否かにかかっていてる。
ここの委員は必ずしも医者ではないそうだ。
彼らの倫理観が大きく作用し、加えて医師会の圧力。
ということは我々が信じている国民総保険制度というのは
こういう権力によっていかようにも左右されるということだ。
医師会が反対しているのも事実だそうだ。
人工透析病院に対して厚生省が保険の点数切り下げを始めた。
その結果、今まで100万円の粗利があったものが
3割減っているという。
こういう状況下では透析患者が海外で移植を受けることについて
そう激しく反対をしているのでもないらしい。
さて医師会の反対の理由に診療ミスの訴訟回避があるらしい。
なんと現在3万件にも及ぶ医療ミスに対する訴訟があるという。
もう一つ、臓器移植に対する患者のエゴと無理解もある。
加えて自身の経験不足から海外で移植を受けても
その後治療を続ける自信もない。
間違って訴訟でもされたらたまらん、それならやるな。
そういうことらしい。
医師会の力は絶対なのだが、それとは別に
つまりここでも医師不足、患者のエゴが出てくる。
このエゴの理由は国民の倫理観だという。
国民は臓器提供を受けたくとも提供はしたくない。
病院側はさきにも書いたが保険点数が削られ、
経営が苦しくなっている。透析病院もその例に漏れない。
患者が一人でも多く欲しいのは確かだ。
これが移植手術となれば多額の報酬も期待できる。
しかし脳死臓器は絶対的に数が足りない。
だから経験がつめない。技術が上がらない。治療ミスが怖い。
それなら現状維持でということになる。
どちらにせよ透析を続けていた方が死亡率は高い。
病院とは屠殺場だと心得た方が良い。
医のモラルや志はもう期待できないのか…
保険適用を受けられなくなったという記事を書いた。
今日、その仕組みを詳しく聞いた。成る程と納得した。
まず厚生省は保険適用から外すという指示は出していないし
法律上、それは不可能なのだそうだ。
では何故、保険適用をしないという例が続出したのか
病院は病院の倫理委員会みたいなものを持っており、
ここで保険を適用するかどうか決めているらしい。
保険の適用の可否は病院の倫理委員会など経営方針決定機関が
保険申請するか否かにかかっていてる。
ここの委員は必ずしも医者ではないそうだ。
彼らの倫理観が大きく作用し、加えて医師会の圧力。
ということは我々が信じている国民総保険制度というのは
こういう権力によっていかようにも左右されるということだ。
医師会が反対しているのも事実だそうだ。
人工透析病院に対して厚生省が保険の点数切り下げを始めた。
その結果、今まで100万円の粗利があったものが
3割減っているという。
こういう状況下では透析患者が海外で移植を受けることについて
そう激しく反対をしているのでもないらしい。
さて医師会の反対の理由に診療ミスの訴訟回避があるらしい。
なんと現在3万件にも及ぶ医療ミスに対する訴訟があるという。
もう一つ、臓器移植に対する患者のエゴと無理解もある。
加えて自身の経験不足から海外で移植を受けても
その後治療を続ける自信もない。
間違って訴訟でもされたらたまらん、それならやるな。
そういうことらしい。
医師会の力は絶対なのだが、それとは別に
つまりここでも医師不足、患者のエゴが出てくる。
このエゴの理由は国民の倫理観だという。
国民は臓器提供を受けたくとも提供はしたくない。
病院側はさきにも書いたが保険点数が削られ、
経営が苦しくなっている。透析病院もその例に漏れない。
患者が一人でも多く欲しいのは確かだ。
これが移植手術となれば多額の報酬も期待できる。
しかし脳死臓器は絶対的に数が足りない。
だから経験がつめない。技術が上がらない。治療ミスが怖い。
それなら現状維持でということになる。
どちらにせよ透析を続けていた方が死亡率は高い。
病院とは屠殺場だと心得た方が良い。
医のモラルや志はもう期待できないのか…

