今回はちょっと危険を伴う仕事だったし、ダバオについた夜は
あれこれ、作戦を考えて寝られなかった。
朝5時に目が覚めて、タバコを吸おうと思ったら
ライターがない。
仕方なくホテルの外に出たが、店が開いていない。
コンビニを探してうろついてみた。
道に迷いながら1時間半。
トラブルとは無縁な人たちの生活が目の当たりに見えた。
目が会うとニコっと笑い返す。
話しかけると、気さくに答えてくる。
この人たちの心の中に潜む邪悪なものが朝の光で
かき消されている。空がきれいだ。
緑が多い。物価が安い。女の子がきれいだ。(笑)
韓国人がやはり多いが、それでも比率はマニラより少ない。
ダバオ湾は汚れているが、
それでもマニラ湾とは比べようもない。
事件はかなり根深いから一回のダバオ行きでは収まらない
そう考えていたが、思った以上に状況は悪い。
次回は弁護士に行ってもらうが、時間はかかりそうだ。
一昨日の朝3時半に家を出て、ダバオに一泊。
昨日の深夜12時前に帰宅。
ダバオでも良く寝られなかったから、完全に睡眠不足。
疲れきって帰ってきたが、ダバオの良い面にも触れてきた。
仕事で行くのはもう遠慮したいが、
仕事を離れてもう一度生きたい町ではある。
友人の父親が癌になったそうだ。
それも今騒がれている腎臓の癌だそうだ。
転移をしていなければ腎臓移植ということになるのだろうが、
それでも臓器移植法に触れるのかな。
人工透析は10年ぐらいは生きられるが、癌なら転移する。
塩崎さんに尋ねたいけれど、
もし自分の父親が腎臓癌にかかったら
座して死を待てといえるだろうか。
もっとも、中国では外国の要人の委嘱は認めているというから
中国で政治家特権で無料でやらせて、尖閣列島ぐらいやるのかな
ところで私の周りでも死ぬ人が増えた。
いとこの子供が交通事故死したし、私の母もせいぜい5年だろう
叔父、叔母は全員死んだし、もちろん祖父母も死んだ。
友人の訃報も頻繁に聞くようになった。
それによってものの見方も急激に変わりつつある。
最近、人に優しくなった。
破天荒だった自分の生き方を振り返って見たら
ほとんどのことは許せる範囲だ。
最近、人を好きになることが増えた。
若い人に会うとそれだけで楽しいし、みんな好きになる。
私に嫌われるなんて、そういう人もいるが
よほど悪い人だ。(笑)
これってもう、終わってるって事かな。
家では私のポリシーで子供にTVを見せないようにしてきた。
考える習慣が身につかないと思ってのことだ。
ところが最近子供たちが増え、ケアを仕切れない。
面倒なのでTVを見せる時間が増えた。
見せているのはCN(カートンネットワーク)
アニマルプラネットだけなのだが、
英語力が格段に増した。
2歳半の末子(日向)の文法が正しいのだ。
現在形、過去形を使いこなしている。(汗)
大体、オシメも取れていない男の子がしゃべるだけでも
ませているのに、普通にしゃべる。
耳から入った情報を記憶してるだけなのだろうが
これは大きい。
3歳ぐらいまでは積極的に幼児番組を見せるべきだと
考え直した。
ただ、困ったことに家には8歳の長男(飛鳥)と
6歳の次男(明良)もいるので、こいつらが勉強しなくなる。
三四郎氏のMLでちょっと過激な発言をしてきました。
後はKANさん、フォローしてください。(笑)
あっちの話題を紹介すると銀行送金手数料が高いという。
確かに高いですよね。
私の場合は、フィリピンでの収入だから、送金に関係ないけど
事業を起こしたりするのには問題がある。
元々はテロ資金対策だなんていわれてるけれど
テロを拡大させているのはブッシュだし、仲良くしてりゃ
テロも何もないわけですよ。(笑)
愚直さんの報道の日本人暗殺だって、
被害者が間違って殺されたとか、保険金殺人でもなければ
殺すほうには殺したいほどの理由があった。
人間関係は難しいけれど、相手を理解しようとする努力が
少しでもあれば殺し合いにはなかなかならない。
もう宗教だといわれるけれど、自我を殺せば争いは起きない。
(笑)
突き詰めていくと殺人も送金手数料の高さも
自分のことしか考えない人間の浅はかさの表れみたいな
気がします。
一人の頃、天下国家を論じていたこともあった。
その頃、言っていたことが間違っていたとは今も思っていない。
当時の私は人間を信じていたし、誰も同じだと思っていた。
権力にしがみつく奴なんか私の周りにはいなかったし
皆私と同じだと思っていた。(苦笑)
一人去り、二人去り、その時は彼らが浮いていたのに
何年か経って私は実は自分が浮いていることに気がついた。
それでも私は一人だったし、責任を負うべき相手もいなかった。
今、3人の子供と3人の里子、家内と3人のメイドの生活が
私の肩にかかっている。
いつの間にか私を取り巻く世界は私を一人には
してくれなくなった。
最初の子供が生まれたときから、私は変わった。
私の家の中では私こそが権力だ。
その権力は私自身のために使われることはない。
天下国家を論じることはなくなったが
私の周りのコミュニティの中で、
小さな理想社会を追い求めていれば良い…
そう思うようになった。
今は何より良き父親でありたいと思う。
テッコンドーで覚えてきた蹴り技を
顔色も変えずに受け止めてやるには
ちょっと骨が折れる都市になったが…(笑)
何年か先に息子たちが天下国家を論ずるのを
ニコニコと聞いているような親父が
今の私の目指すところの理想だ。